大判例

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東京高等裁判所 昭和26年(ネ)679号 判決

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二十万円及びこれに対する昭和二十五年三月十八日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。当事者双方の事実上の供述は、当審においてそれぞれ次の如く補述した外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人の主張

昭和二十三年度産米について平石村吉田禎次は供出割当量のうち五俵を不供出のところ、村長黒川今は同人より供出を誓約する書面を提出させて強権発動の前提たる地方事務所長に対する報告手続を取らず、しかもその不供出部分は村の有するいわゆる水増米(余剩割当による供出米)で操作し結局供出せしめずに済ませた事実があり他にも同種の事例が十件位ある。それ故本件控訴人の割当量不供出分についてもこれと同様悠に村の水増米で処理することができ、強権発動を求める必要は毫もなかつた筈である。然るところ控訴人はその居住の久保田本部落に対する供出割当の事に関し村長派のボスと衝突し、延て黒川村長の感情を害するに至つたので、同村長は控訴人に対する憎悪の念より前記の如き機宜の取扱を為さず、河内地方事務所長に対し、控訴人が割当量を供出せざる悪質農であるとして、特に早急なる強権発動を要請し、その結果控訴人は強権発動を受け、更に食糧管理法違反の廉による起訴勾留の処分に付せられたのである。これ全く黒川村長の悪意的報告に基因するものであるから、その間法律上相当なる因果関係の存することは言を俟たず、検察官の起訴、裁判官の逮捕状発布の事実がその間に介在してもこれにより因果関係は中断されるものでない。

被控訴代理人の主張

控訴人主張の右事実は凡て否認する。被控訴村長黒川今が所轄河内地方事務所長の求により同村内における昭和二十三年度産米不供出者のうち比較的悪質と認められる控訴人他数名のリストを作成し、これを同事務所長に報告した事実はあるが、これは上級監督官庁の監督権に基く要求に応じて為した職務上当然の行為であつて、控訴人主張の如き何等特別なる個人的悪感情に出たものではない。該報告書がその後同事務所長又はその上級官庁を通じて捜査官憲の犯罪捜査資料に供せられたとしても、これは同村長の何等関知する所ではない。右報告書の提出と控訴人の起訴勾留との間には、社会観念上相当なる因果関係は存しないのである。なお控訴人がその主張の如く強権発動を受けたこと及び無罪の判決を受けてこれが確定したことは認める。

<立証省略>

三、理  由

被控訴村長黒川今が食糧管理法の規定に基く昭和二十三年度産米の供出割当事務の執行として、同年五月控訴人の供出量を五十一俵と決定し、同年十月これを五十俵二斗と補正したところ、控訴人が右割当量のうち三十五俵を供出したのみで残十五俵二斗の供出をしなかつた為め官憲による主要食糧の強制収用(いわゆる強権発動)を受け、次で食糧管理法違反の廉により昭和二十四年四月一、二日頃宇都宮地区警察署に逮捕拘禁され、同年八月十八日宇都宮簡易裁判所に起訴されたが、審理の結果同年十二月六日無罪の言渡があつて該判決が確定したことは、被控訴人の認めるところである。而して成立に争のない甲第一号証第二号証の一、二乙第一号証第三号証第六号証第七号証第八号証の一、二及び原審証人中里茂の証言、原審並びに当審における控訴本人訊問の結果によれば控訴人は昭和二十三年四月十四日妻死亡により同年四月二十八日頃亡弟の妻高橋アキと結婚し、アキと共にその子五人を引き取つて同棲し、同時にアキ及びその子は一応別世帯として東京都府中町より平石村に転入の手続を為し主要食糧につき一般配給を受けて来たところ、控訴人は同年四月一日現在の人口による供出割当後同年十月頃迄の間に自身又は訴外中里茂を通じて被控訴村長黒川今に対し、同年十一月の新米収穫期以後は、家族実人員に応じて保有米を増量し、その増量を見込んで供出割当量の補正を為され度き旨申入れたけれども、同村長は右割当後の人口異動は割当補正の事由とならぬとの見解の下に右申入に応ぜず昭和二十四年三月二十五日附で河内地方事務所長に対し控訴人が割当数量のうち十五俵二斗を供出せざる悪質農であるとして報告したことが認められ本件に顕われた証拠にして右認定に牴触するものは当裁判所の採用せざるところである。

控訴人は右黒川村長のその間の措置は極めて不当であり、しかも控訴人に対する個人的の悪感情に基くか少くも過失に出たものであつて、これが為め控訴人は手持米の強制収用並びに起訴拘禁等の処分を受けるに至つたのであるから、被控訴村は控訴人が無罪の判決を受ける迄の間蒙つた精神上並びに物質上の損害を賠償すべき義務があると主張するに対し、被控訴人は供米割当の事務は村長が国の機関として為すものであるから、その職務の遂行上他人に損害を加えることがあつても、地方公共団体たる村が賠償の責を負うべき筋合はないと主張する。そこで先ずこの点につき審按するに、主要食糧の管理は国民食糧の確保及び国民経済の安定を図る為め、政府が食糧管理法に基き国家的見地より行う国の行政事務であつて各生産者に対する生産並びに供出数量の個別的割当の如きも、本来地方公共団体たる市町村の事務に属せず市町村長は都道府県知事が農林大臣の指示の下に定めた市町村別の農業計画に従い、その市町村の区域内に居住する生産者別の農業計画を定め、その生産並びに供出すべき数量を決定するのであるからもとより地方公共団体の機関としてではなく、国の委任に基きその機関たる地位においてこれが事務を執行するものであることは多言を要しないところである。従つて市町村長が都道府県知事並びに主務大臣の監督の下に供米割当等食糧管理に関する職務を行うことは公権力の行使であり、その行使に当つて故意若しくは過失により違法に私人に損害を蒙らしめたときは、国家賠償法第一条の規定により先ず国が賠償の責を負うべきものであるが同法第三条によれば市町村も右職務の執行に当る市町村長及びその補助機関の給料を支払い、所要の費用を負担する者として国と並んで賠償の責に任ずべきことが明かである。それ故、本件の場合被控訴村長黒川今が前記職務の執行上為した行為が故意又は過失に基くものであり且つ違法に控訴人に損害を与えたものとすれば、被控訴村もその損害につき賠償の責を免れ得ないものといわねばならない。

そこで以下黒川村長に果して控訴人主張の如き不法行為が存したか否かにつき審究するに、成立に争のない甲第一、四号証乙第一、四号証と原審の証人篠原正一郎、上野千重郎の各証言及び被控訴村代表者黒川今本人訊問の結果によれば次の経緯が認められる。即ち昭和二十三年度産米の供出割当については栃木県においても農林省の指示に従い、昭和二十四年度産麦より適用さるべき食糧確保臨時措置法の趣旨に則りいわゆる事前割当制を実施することとなりこれが執務の基準として「昭和二十三年度産米甘藷供出実施要綱なるものを定め同年四月二十六日河内地方事務所長より管内各市町村長に通達した。これによれば知事は同年四月二十一日迄に各地方事務所(出張所)毎に地区別割当数量を決定し、地方事務所(出張所)長をして四月二十五日迄に市町村別割当数量を決定の上これを指示せしめる、地区別割当数量は生産見込数量より農家自家保有量(飯用保有量は四月一日現在の推定農家人口による)を差引いた数量とする、市町村長は右指示を受けたときは五月五日迄に個人別割当数量を決定して、必要事項を通知公示することとし、而して減収の場合の措置として「実収高が災害其の他真に止むを得ない理由により生産見込数量より減少し其の結果保有量に著しく影響を及ぼす場合は市町村長は関係専門家の意見を徴し、其の事実を確認した上、食糧調整委員会の議決を経て供出責任数量を補正するものとする。」と定め、この場合家族人口増加の如きはこれを補正の事由としておらないこと、又昭和二十三年十月六日附栃木県経済部食糧課長より被控訴村長に宛てた「供出割当後の保有米について」と題する書面(平石村吉沢博司より知事宛質疑に対する回答)には「農家の構成員が増加した場合には、その農家の保有量では不足を来すこととなるわけであるが、この場合出来る丈けその保有量で賄うよう消費規正を行つてついに転落する結果になれば、その内容を市町村の配給審議会にはかつて適正に配給を受けるようにする」とあつて少くも栃木県の方針としては供出割当後の農家人口の増加については、これを割当補正の事由として認めなかつたことが明かであり、右認定を左右するに足る証拠はない。(原審証人中里茂、長谷川宗一等の証言する如く、右の場合補正を行つた村がありとすれば、それは当時の県当局の指示に反するものというべきである。)従つて被控訴村長黒川今が控訴人の申出に拘らず、家族人口の増加による補正を行わなかつたのは下級行政機関として監督官庁たる県知事の基本方針を体し、忠実にその指示に従つたものであり、これを不法若しくは不当と為すことはできぬ筋合である。然るところ、控訴人は昭和二十四年三月村役場に呼ばれ係員より昭和二十三年度産米割当未供出分の供出方を督促され、後日必ず供出するとの誓約書の提出を求められたがこれをも拒否したことは、控訴人が当審における当事者本人訊問において自供する所であり、成立に争のない乙第七号証第八号証の一、二第九号証によれば、当時河内事務所長佐伯惟一より村長黒川今に対し、供米未了者に対する措置の必要上特に悪質者と認められる者を報告すべき旨の要求があつたので同村長は同年三月二十三日開催の同村農業調整委員会にこれを附議したところ、出席委員の一致を以て控訴人を含む七名を指名し、これを同地方事務所長に報告すべきことに決したので、その決議に従い控訴人を供米未了の悪質農として報告したものであることを認めることができ、控訴人の主張するように同村長が控訴人に対する個人的憎悪の念よりこれを陥れる目的を以て、故らかような報告をし、いわゆる強権発動の断行を促したものであるとの事実は、控訴人の挙げる凡ての証拠によつても遂にこれを確認することはできないのである。控訴人は又同村長が敢てかかる措置に出でずとも村の余剰供出米(水増米)を以て悠に未供出分を補填し得た筈であり現に左様な事例も幾多存すると主張するけれども、この点に関する成立に争のない甲第二号証の二の記載原審証人中里茂当審証人柏矢倉恒市の各証言、原審並びに当審における控訴本人の供述はたやすく措信し難く、その他控訴人の挙げる証拠によつては、右主張事実を肯認するに足りない。これを要するに以上認定の事実に照せば、被控訴村長黒川今が控訴人の家族数増加を理由とする供出割当の補正を為さずその割当量不供出につき河内地方事務所長の要求に応じて控訴人を悪質農として報告したのは、監督官庁たる県当局の方針に適合する職務上当然の措置という外なく、同村長にして右報告の結果控訴人が所蔵米の強制収用を受け或は食糧管理法違反の廉を以て刑事訴追を受くるに至るべきことを予見し若しくは予見し得たものとしても、その間私情私憤を差し挾むことなく、只県当局の指示若しくは要請に従つて事務を処理した以上、同村長の行為は違法性を欠くものと断ずべく更に昭和二十三年度産米については食糧確保臨時措置法は当然には適用なく、同法の趣旨に則る事前割当の実施は主として行政上の便宜に出たものである故、家族人口の増減を絶対に割当量補正の事由として認めない県当局の厳格な方針そのものが仮りに相当でなかつたとしても、同村長が明かにこれを不当若しくは違法としながら右方針に従つて控訴人の補正要求を拒否した上、これを悪質農として報告するに至つたものと見ることはできないし、当該情況の下において相当の注意を払えば他の方途に出ずべきことを期待し得たものとも認められないから、その間過失ありともいい難く、結局同村長の行為は不法行為を構成しないものといわなければならない。それ故控訴人が被控訴村長黒川今の前記報告の結果手持米の強制収用を受けたのみか起訴拘禁の処分にまで付せられ、多大の苦痛を蒙つたからとて、これにつき刑事補償法による補償を求めるは格別、被控訴村に対し不法行為による損害の賠償を請求しうべき筋合ではなく、控訴人の本訴請求は到底認容するに由なきところである。

よつて控訴人の本訴請求を排斥した原判決は相当であつて、本件控訴は理由なきにつきこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十五条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 岡崎隆 奥野利一)

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